お金をどれだけ貯めても”老後が不安”に対する禅の答え

お金をどれだけ貯めても"老後が不安"に対する禅の答え

どうも。『毎日が祝日。』いわいです。

今日はネットで見かけたこちらの記事から。

貯めても、貯めても尽きない老後のお金の不安に対する禅の回答です。

「不安」も「安心」も所詮は幻想にすぎない

昔から仏教では「持てば不安になる」ということは徹底的に言われています。物だけでなく、あらゆる概念や関係性を含めて、とにかく持つことは不安につながるので、手放す生き方を推奨しています。安心というのは幻想ですから、さっさと手放したほうがいいのです。

老後に不安を抱えている人は多く、そしてその多くはお金に不安を抱えています。

確かに老後にいくらかかるか読めない部分が大きいです。

だから私を含め多くの人はお金を貯めるのですが、貯めたところで不安が解消されるわけではありません。

むしろ不安は増大することさえあります。

禅の世界では、持つことは不安につながるので、手放す生き方を推奨しているとのこと。

「安心とは幻想」とは言い得て妙です。

安心とは要するに「大丈夫という思い込み」にすぎません。

一方「不安」とは何でしょうか?

不安は実際には起こっていないマイナスのことを頭の中で想像していることです。

つまり「不安」も幻想です。

すべては自分の心次第です。

「安心」は仏教では「あんじん」と読むそうです。

「あんじん」とは心の軸という意味だそうです。

つまり「自分はこう生きていくんだという自分の軸」を持つことが大事だと言えます。

自分の軸を明確にして生きていけば起きてもいない未来を想像し、不安に駆られることもなくなるかもしれません。

本当にお金を手放していいかと言えばそうは思えない

なるほどと納得し、すべてに同意できるかと言うとそう簡単に同意できない事情もあります。

手放す生き方を推奨しているとは言っても、住職は生涯現役に近く、定年もないでしょう。

一方でサラリーマンは定年があり、一定の年齢に達した場合は会社を辞めなければいけません。

ここに大きな差があります。

これからの時代は「生涯現役」になるかもしれませんが、サラリーマンは現役として働き続けるには新たな働き口を見つけなければならず、ハードルが若干高めです。

だからこそお金を貯めておこうという発想になる人がいるでしょう。

当然「生涯現役」など受け入れず、完全リタイアして悠々自適とまでは言わずとも、せめて仕事のストレスから解放された生活を送りたいと考える人たちもいるでしょう。

私は後者であり、だからお金を手放すわけにはいかないです。

老後不安の最大の問題は「年金」

老後のお金の不安の正体は私の中では「年金」です。

年金がどうなるか分からない点に不安を抱えているのです。

先日、22年度年金額を0.4%下げることが発表されました。

世の中の大半の人は予想していたことではないでしょうか。

今後も減額は続くでしょうし、減額幅は大きくなる可能性があります。

マクロ経済スライドについては専門家の説明に任せます。

結局のところ年金があまりにも未知数なため「老後」のためにお金を貯め続けるという結論に至ります。

どのような未来が訪れるかは分かりませんが、後悔だけはしないよう万全の準備をしておくつもりです。

まとめ

以上『お金をどれだけ貯めても"老後が不安"に対する禅の答え』でした。

いかがでしたか?

不安も安心も自分の心次第です。

むしろ今を優先して生きるほうが何も不安がなく、楽しめるのかもしれません。

なかなか難しい問題ですが、後から振り返って「こうしておけばよかった」と悔いることのないようにだけはすべきです。

以下関連記事です。

不安の正体は「妄想」であると指摘した記事です。

老後の不安の一つは健康です。

老人ホームを「終の棲家」に選択するのは正しいのか悩んでしまいます。

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